20代となってて席替えとの整合が分からなくなっていますが、質問の文章だけで考えることにします。
まずは、人を馬鹿にしたい人は、他人を下げることでしか自分を相対的上位に置けない人です。
自分の能力が低いとか自信がないとか自覚しちゃってる悲しい人です。
無意識だったら、気の毒レベルです。
常識的な成人ならありえません。
特別支援学級とというワードを人を卑下する意図で使うなんて、怒りを越して慈悲の心が芽生えます。
世の中には、サポートを受けながら業界第一線で活躍している支援学級対象者がいます。
いじってきてる人は、サバン症候群とかの人をどう見るんでしょうね。
先ず、嫌なことは嫌と声を上げましょう。
”見ているだけは加害者”というのは常識ですから、その段階で助けてくれる人がいるはずです。
意思はちゃんと表明しないと、周囲も対応できません。
次でも同時進行でも、学校なら事務局か先生に伝えておくべきです。
ストーカー事件があった時に警察に相談してたかって、結構重要ですよね。
責任は分担させた方が良いです。
名前イジリ(いじめ)は私も受けました。
これは残念ながら。親の耳に入れたくなかった。
DQNネームとかじゃないです。
私はそのいじめニックネームをアレンジしたものをこっちで呼んでと主張して切り抜けました。
少し時間は掛かりましたが、定着してその後も高校大学今と、継続使用中です。
ちっちゃい子には「それはダメ」と言うより「これをしようね」と目標を示す方が有効なのと同じです。
私の場合の容姿いじめは、一回そうだと認めて受け入れて、それを自分の特徴であり自慢であると開き直りました。
幼稚な人は人が嫌がるのを楽しむ傾向があります。
受け入れたことや自慢していることはイジリ甲斐が失せます。
バカと天然(当時は意味を知らず)は、高校で大いに言われました。
知らないから天然は褒め言葉だと解釈してました。
ジビエも自生種も天然まぐろとかもプレミアものですから。
バカと言われても、言ったそばから言った人自身が否定します。
だって、私の成績はバカじゃないですから。
アインシュタインだって子供の頃は馬鹿にされていたし、ココ・シャネルも当初も有名になってからも結構批判されてます。
天才は時として凡人には理解されず。
先人たちも味方につけ、自力と周囲の助けで、下を見ないで前を向いて生きていきませんか。