【毒舌独女】市橋達也被告の十字架
「私は悪でした」と手紙に綴った男。
その男は、とてつもなく大きな罪を犯した。
「悪」という一文字では済まされない。
けれど、他の文字は浮かばない。
彼は悪だ。
その彼とは、市橋達也被告を指す。
彼は、2007年3月千葉県市原市の自宅で、当時22歳の英国人英会話女性講師を強姦の上、殺害。死体はベランダのバスタブに遺棄した。
冒頭の「私は悪でした」で始まる手紙は、被害者のご遺族に宛てて書かれたものだ。
受け取りは拒否された。
市橋被告は死体遺棄、並びに殺人、強姦致死の罪で起訴、現在は公判準備が行われている。
何とも不思議な罪状。
亡くなったのは一人であるにも関わらず、殺人と強姦致死、二つの「死亡」事件のよう。
これは、市橋被告の一つの行為が二つの罪に問えると検察が認めたからだ。観念的競合という。
私は強姦を精神の殺人と捉えているので、この罪状に違和感は無い。
刑法で問える罪は、現時点では以上。
これだけでしか裁けない現状に、苛立ちを覚える。
亡くなったのは、遠く英国から日本にやって来た女性。
日本人に英語を教えたいという夢を叶えに、海を渡った。
希望に溢れていても、異国での暮らしは、心細いもの。
病気になったら、犯罪に合ったら、どうすればいいのか判らない。
言葉を知っていても、風習や習慣を覚えるまで時間がかかる。
覚えられても、使いこなせるまで、更に時間がかかる。
被害女性の日本滞在期間は、わずか半年足らず。寂しさや不安は、大きかっただろう。
母国のご家族の心配も大きかっただろう。
私は一ヶ月ほどだが、アメリカで過ごしたことがある。この心細さを、経験した。
妹は一年、海外留学をしていた。日本で待つ間、離れて暮らす彼女の無事ばかり祈っていた。
だからこそ、被害女性の無念、ご遺族の悲痛な思いが、胸に刺さる。
刺さって抜けない。
こういう理由で、私はこの事件に深い思い入れがある。
しかし、そうでは無い連中も存在した。
市橋被告の逮捕直後、にわかに湧いてでた市橋被告のファン「イッチーギャル」だ。
逃亡犯に対し、異常なまでの好意を寄せた。
犯罪者に己の反社会的欲求を投影し、大々的に公表する彼女らの愚かさに吐き気を覚えた。
中には更生させたいと考えたヤツも居たみたいだが、オマエさんらには無理。
技術的な面だけでなく、物理的な面でも難しい。
まず、弁護士以外と接見が出来ない。
市橋被告の更生を心から願っている、彼の大学時代の恩師、本山直樹氏でさえ、会えないのだ。
本山氏は、逮捕前、テレビで自首を呼びかけていた。ネットでも呼びかけていた。
元教え子の犯行に、とても胸を痛めている。
教育者として元教え子を支えようと、『市橋達也君の適正な裁判を支援する会』を立ち上げた。
これは、無罪を信じてのものでは無い。
逮捕前からの偏った報道により、裁判員裁判にかけられる市橋被告が不利にならないよう、私選弁護人を付ける為、調査費用の為に設立された。
公正な裁きを受けさせ、相応の罪を償わせる為だ。
氏が執筆されているブログを読んだ。
愛に溢れた言葉が、そこにあった。思わず、涙した。
市橋被告の罪は、刑法によって裁かれるものだけでは無い。
彼を慈しみ、信じ、大切にしてくれた人に与えた痛み、これらも大きな罪だ。
「私は死ぬまで、罪の十字架を背負っていくつもりだ」
(市橋被告、ご遺族への手紙から抜粋)
その十字架に、自分の両親や恩師の悲しみは含まれているのだろうか。
周囲に及ぼした影響は含まれているのだろうか。
これらが理解出来なければ、真の更生は叶わない。
2010年11月10日で、市橋被告逮捕から丸一年。
彼は今、何を思う。
初公判は来年にも行われる。
コラムニスト/コンテンツライター
広島県安芸郡出身、大阪府高槻市在住。恋愛記事から豆知識、果てはビジネス文書まで幅広く執筆するライター。古典芸能に携わっていた経験もあり、日本文化について少し詳しい。文芸春秋『週刊文春』に載せてもらえたのが人生の自慢。
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